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日本文学最高峰の登竜門といわれる第175回(2026年上半期)の「芥川龍之介賞」と「直木三十五賞」の受賞作が来週15日、東京・築地の市場跡地前に構える老舗の高級料亭「新喜楽(しんきらく)」で決定する。大阪の「吉兆」や東京・銀座の「金田中(かねたなか)」と並び「日本三大料亭」のひとつに数えられる。なぜ、その地が選考会場になったのか。受賞作はどう選ばれるのか。
芥川賞は、純文学を志す新人作家の短編・中編作品が、直木賞は新進・中堅作家によるエンターテインメントの単行本作品が対象だ。ともに1935年に始まった由緒ある文学賞として知られる。運営母体は公益財団法人「日本文学振興会」(東京・紀尾井町)で、2つの賞を発案した文豪の菊池寛が創業した文芸春秋内に事務局はある。当初、両賞の選考会場は複数あった。そのひとつが新喜楽だったという。
1875年創業の由緒ある料亭で、日本橋茅場町近くにあった最初の店「喜楽」から98年、広大な現在の地に移転した。大隈重信邸宅の跡地だった。数寄屋造りの格式高い建築が目を引き、増改築された。
元首相の吉田茂邸や外務省の飯倉公館(外交史料館)などと同様、名建築家の吉田五十八(よしだ・いそや)が設計・改修を手がけたと伝わる。伊藤博文ら政財界の重鎮や、多くの文豪や芸術家らにサロンのように愛された。同振興会によると、戦後間もない第22回(1949年下半期)に芥川賞の選考で使われた。その後もどちらかの賞で利用されたり、ともに会場に使われない年もあったという。第43回(1960年上半期)は長野の避暑地、軽井沢で選ばれた。
文芸春秋の社屋は戦後、1950年から60年代半ばには築地近くの東京・銀座にあった。このため、新喜楽は「当時の文芸春秋の社長ら幹部クラスがよく利用し、ひいきにしていただいた」(新喜楽の関係者)。 評判が良かったことから「第39回(1958年上半期)以後、新喜楽はほぼ選考会場のレギュラーになっています」(同振興会事務局)。